【報告】被災地・福島県相馬市に伺いました

11月5日(土)、今回の東日本大震災で大きな被害を受けられた福島県相馬市に、 私とUDC藤原の2名でお伺い致しました。 きっかけはこんな感じでした。 9月末にUDCの用具販売で商品をご購入頂いた方がいらっしゃったのですが、 その方のご住所を見ると「福島県南相馬市」。 震災後、日本中の方がこの地名を聞いて思うことは、 「地震と原発の被害を受けられている」であり、 私もその一人でした。 皆さんからご協力頂いた「アンパイア・チャリティー・オークション」で集まった義援金をお渡しに行こうとすぐにと思い、 ご連絡を取った次第です。 そして5日(土)、前日に宿泊したJR福島駅から、 レンタカーにて、その日の試合会場の相馬市へ移動。 お電話にてやりとりさせて頂いた「福島県相双野球連盟」の若林様と会い、 一通り被災された現場へも案内して頂きました。 ※相双・・・相は「相馬、南相馬」、双は「双葉郡」を表したもの。この地域一帯のことです。 がれきは、集積場にすでに集められていて、 街中にはほとんどありませんでしたが、 逆にそれによって「何もない」地域が出来、 それが津波でこのあたりまで影響を及ぼした、と説明されると、 東京へ帰ってきた今でも、 そのすごさが「理解出来ない」のです。 こんなところまで、 高さ20メートルほどの津波がやってきて、 全部飲み込んだ・・・そんなことがありえるのかと、 頭の中がある意味パニックを起こす状態です。 特に松川浦という海に面した地域は、 家の土台だけしか残っていない地域が広く、 建っている建物も、1階は壊滅状態のままでした。 当時の津波の映像も見せて頂きましたが、 そのすごさをどう表現していいのかわからないぐらい、 津波の恐ろしさを感じました。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/539.jpg[/img] [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/538.jpg[/img] ↑↑ 松川浦にて これもたまたまなのですが、 この日は、この地区の学童野球のシーズン最終日。 私と藤原も塁審に入って、 一緒に審判をさせて頂きました。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/537.jpg[/img] ↑↑ 決勝戦のクルー。 一時は野球どころではないという状況でしたが、 子供たちの父兄からの強い要望で、 5月末頃からは、試合をはじめたそうです。 しかし、避難した子供たちもたくさんいるので、 チームがそろわなかったりと大変な状況であったようです。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/534.jpg[/img] ↑↑ 優勝チーム。皆元気! [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/535.jpg[/img] ↑↑ でもボークがあったので、説明中。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/533.jpg[/img] ↑↑ 選手の袖には、こんな文字が。 今日来られた審判の方も、 原発から4キロのところに家があって避難している方、 家が無くなり仮設に住んでおられる方、 避難しているところから2時間もかけて来られていたり、 ご家族、ご親類を亡くされたりと、 皆さんが何らかの被害を受けられている状況でした。 会長の高木様ご自身も、 千葉の方へ避難をされています。 そんな方々との時間でしたが、 一言言えるとすると、 「皆さん明るいです」 本当に前向きに進んでおられます。 確かに、私たちが想像するよりも 大変な環境におられますが、 明るくしておられます。 もちろんそれは、寂しさ、悲しさの裏返しかもしれません。 ただ、読み取れる気持ちは、 前に進んでいくしかないという強い気持ちでした。 私や藤原の方が、 「俺たちももっとやらねば」という気持ちにさせられました。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/536.jpg[/img] ↑↑ 相双野球連盟の皆さん 相双野球連盟の方へ、皆さんの義援金をお渡ししてきました。 少しでもお役に立てればと思います。 そして、相馬を後にして、 その後車で1時間程かけて、 宮城県名取市に行ってきました。 こちらにはUDCの会員の方がいらっしゃるのですが、 何度かお伝えしましたように、 この方は津波で、 奥様とご両親の3人を一挙に亡くされました。 私共とのお付き合いも長いのですが、 今回もいろいろとお話しさせて頂きました。 現実に被害を受けられた方のお話しは、 とても説得力があります。 皆さんは、今日の朝食が、 家族と最後の食事「だった」と想像出来ますか? 誰も出来ないと思います。 でもこの方にはそれが起こってしまったのです。 おそらく今回の震災には、 そういった方がたくさんおられるでしょう。 「2人とも、奥さん大事にしなさいよ」という言葉が、 私と藤原には響きました。 この方にも、 皆さんの義援金をお渡ししてきました。 深々と頭を下げておられました。 藤原と2人で、駆け足で廻った被災地でした。 UDCが満8年を迎えるこのタイミングで、 この機会を頂いたことは、 何かあるのかなと2人で話していました。 もちろん、UDCは、 今回の震災で被害を受けられた方のすべてをご支援することは出来ません。 ただ、もっと出来ることはあるのではないかという考えが、 常々頭の中を駆け巡っている状況です。 このたびの機会を与えて頂いた、 ご関係者の方々にお礼申し上げます。 ありがとうございました。 [img align=left]http://www.umpire-dc.org/uploads/weblogD3_photos/532.jpg[/img] ↑↑ 福島市から相馬市への道中。早くこんなきれいな紅葉を観に来る方が多くなりますように・・・。 内川